10月の兼題「菊」

10月の兼題「菊」

菊の原産は中国大陸。日本には奈良時代以降に渡来、江戸時代に改良が進み、四君子の一つとされています。四君子(しくんし)とは、蘭、竹、菊、梅の4種を、草木の中の君子として称えた言葉。

菊は、品種が非常に多く、花色は白、黄、桃、紅など様々です。園芸上は大菊、中菊、小菊に分かれて、花の形状により管物(くだもの)、厚物、平物などに分けられます。その系統として、嵯峨菊、伊勢菊、肥後菊、美濃菊、江戸菊、奥州菊などがあります。また、花を食用とする品種もあります。鑑賞用として世界中で栽培されています。

俳句では、春の桜と並び称されている日本の代表的な花です。菊の花には延命長寿の滋液が含まれるという伝説があり、平安時代の宮廷では菊酒を賜る行事が行われたといいます。これが9月9日の重陽の節句です。

江戸時代以降は園芸用の多彩な品種が栽培されるようになるので、庶民にも人気が高まり菊花展などで競われています。明治以降には重陽の菊祭りに変わって菊人形などの飾りを競う行事が盛んになりました。

傍題には、「重九」「菊の節句」「菊の日」「今日の菊」「菊酒」「菊の宴」「重陽の宴」など。

 

 

歳時記「秋の七草」

秋のお彼岸を過ぎるとやっと残暑がおさまりますが、この頃の猛暑では、まだまだ気温がいつ上昇するのか何だか不安なままで10月を迎えました。

こんなに先の見通しがつかない不透明な時代はコロナ禍だからに違いありませんが、今度こそ少しでも早く終焉収束が来てほしいです。

そんなこんなでバタバタといつの間にか10月ですが、この時期には毎年月が美しく、お月見が楽しみです。夜空の月を見ながら一献なんて粋な夜を過ごしたいものですが、2022年の十五夜様は以外に早く9月中に過ぎてしまいましたね。

それでも10月には十三夜が待ち構えています。今年は10月8日の土曜日がその日に当たります。十三夜は「栗名月」や「豆名月」と呼ばれています。十五夜と同じようにススキやお団子をお供えしますが、旬の栗や豆をお供えするところから「栗名月」「豆名月」と呼ばれ、十三夜というと十五夜の後の月見として、秋の美しい月とされています。十三夜というくらいなので、十五夜の満月になる少し前の欠けた月の微妙な形がまた日本人の風情を掻き立てるようです。

この十三夜には、やはりお月見団子が欠かせませんが、十三夜と言いますからお団子も十三個が縁起がいいらしいです。そして秋の七草を飾ります。代表的な草花が芒ですね。これは十五夜とまったく同じです。勿論、その時に咲いている七草を一緒にかがるとさらに素敵ですね。

秋の七草は、都会ではなかなか見かけません。自然に摘んで飾ることは難しいので現代では魔除けにもなる芒が一番だということなのでしょう。

秋の七草は山上憶良の和歌が有名ですね。「秋の野に咲きたる花を指(および)折り かき数(かぞ)ふれば七種(ななくさ)の花」という和歌と「萩の花尾花(おばな)葛花(くずばな)なでしこの花女郎花(おみなえし)また藤袴朝貌(あさがお)の花」という二首があります。こうしてみると秋の七草を鑑賞する習わしは、平安時代の頃からあったのです。その頃の朝顔とは今の桔梗だと言われています。

また、萩の花は、平安の万葉集の時代には最も多く詠まれていた秋の七草のようです。山上憶良の和歌にもありますが、最後に七草を七種類上げておきます。

萩の花、尾花、葛花、撫子の花、女郎花、藤袴、朝顔。

萩の花地より生え出て地に引かれ・・・上野貴子

 

歳時記「重陽の節句」

九月になると重陽の節句があります。菊祭りと昔は言いましたね。この頃はいつまでも夏が長く残暑が厳しいせいなのでしょうか。この時期にあまり菊の花を愛でる姿を町で見かけなくなりました。

昔は菊の鉢を大切に育てている盆栽好きのお父さんがよくいましたが、この頃はそんなお父さんはどこに行ってしまったのでしょうか。

重陽の節句は五節句の一つで、人日の七草、雛祭り、端午の節句、七夕、重陽の節句、これで一年の節句が五回あるので五節句と言っていました。

時代は変わり暦の通りに季節が変化しているとは限らなくなり、いつの間にか祝日でもない五節句は忘れてしまいがちです。

そんな、五節句のひとつの菊祭りでは、昔は菊酒を飲んだものです。菊を浮かせたり、漬けこんだりして、菊の花の効能が長寿の薬だと言われていたところから菊酒は生まれたといいます。昔は不老長寿を祝うこの日が五節句の中で最も大切な日とされていました。

その他には「菊綿」という行事があり、前の晩に菊花に真綿をまとわせ、そこに降りた露で身体を拭い、邪気を祓ったのだといいます。

菊綿はさすがに現代ではなかなかできませんが、食用の菊で、菊酒を飲むことは十分できますね。黄色い菊お花がお酒の盃に浮いている姿は何ともいえない日本的な情緒を感じます。いい香りがしてきそうです。

重陽は9月9日とされていて9の字が重なるので重陽と呼ばれています。古くはもっと解りやすく重九とも云ったそうです。昔はとても盛んでしたが、日本では明治以降の近代文化の伝来とともに急速に廃れているようです。

やはり暦が今のグレゴリオ暦に変わったのも明治時代ですから、暦の変化が、人々の生活の風習を大きく変えていったのですね。

菊の花の香りはとても華やかですが、どこか寂し気で哀愁を感じるのは、こうした時代の流れに押し流された歴史がかもち出す情緒の為なのでしょう。

いつか忘れかけていた重陽の菊祭りを忙しい令和の現代の人々にも思い出して欲しいものです。菊祭りは菊人形が飾られる冬になってからが、この頃ではほとんどになりました。菊の花とともに重陽の節句があることをいつまでも忘れずに伝えて行きたいと私は考えます。俳句にはそうした日本の歴史を大切に継承するような文化が、まだまだ生きずいています。

菊香る金箔沈む盃に浮き・・・上野貴子